第三項 【広報業務・リスク&教訓編】
■『最後の砦・「法」と「人情」』
●世論・理論・人情
人は情で動く動物です。もちろん科学的情報に基づいた判断も出来ますが、新聞記事やテレビのニュースを見て、その都度ニュースの裏付けとなる資料を集めて科学的に分析し自分の意見をまとめる人はほとんどいません。たまに物知り顔でニュースの解説をする人もいますが、それは学術的、科学的な分析とは無縁の自慢話です。
ほとんどの人が、メディアから情報を入手しその情報を感情にすりかえ、何パターンかの感情の引き出しに分類して保管します。そしてその引き出しの種類は意外と少なく「怒り」「同情」「恐怖」「愛情」「友情」「希望」という程度のものです。そしてそれらの感情を引き出すのが俗に「アイドマの法則」と呼ばれる(attention=注意)(interest=興味)(desire=欲求)(memory=記憶)(action=行動)の五つの要素です。
受け手側の感情が引き出される際の引き金がこの四つの要因だとすると、記事を書く側のマスコミにとっても当然、人を惹き付けることが出来る記事かどうかの内容チェックのための五大要素がこのアイドマの法則と言うことになります。つまり人間はアイドマの法則の五つの要因を含む「情報」で「感情」を喚起され、生まれた感情を自分の感情の引き出しにしまい込んで情報の価値を判断しています。そこには科学的情報が介在する余地はなく、感情の引き出しがあるだけです。
結論を言いますとほとんどの人間は、社会の事象を科学的な判断によらず感情だけで判断しているのです。特に個人の自立意識が低い文化的行進国ほどその傾向が強いようです。この感情だけで物事を判断する人達を「大衆」と呼びます。中にはインテリと呼ばれる学究的な人がいて、興味を持った事象を掘り下げるために関連図書を調べたりインターネットを検索したりしますが、その興味の範囲はごく限られた範囲のもので、情報の総てを総合的に科学的な判断をしている人はほとんどいません。
こうなると幅の広い大衆向けの情報は、数字などの科学的な情報はもっともらしさの演出のための裏付けと考え、情報の組み立ては感情をコントロールすることに主眼を置いたものがベストと言うことになります。
実を言いますと、一般大衆ばかりか一流と呼ばれているジャンーナリストも、ほとんどの人が感情を主として動いているのが現実です。俗に言う六大紙と呼ばれる新聞の社説などは、タイムリーに事件に対する新聞社の姿勢を打ち出さなければならないので、十分に時間をとった科学的な検証を経ずに記事を書かざるを得ない場合が多く、一見冷静で論理的な文章も書く以前に特定の感情に支配されている場合が少なくないようです。
そのために各社の社説は日本を代表する優秀なジャーナリストの方々が書いているにもかかわらず、読み比べてみると事象にたいする賛否が、何の科学的裏付けも無く両極端に分かれてしまいます。
このようにどんなに客観的報道を標榜する一流のジャーナリストも、どこかでは感情の支配を避けられないのです。感情に流されないのは、金でしか動かないブラックジャーナリストぐらいかもしれません。
情報の受け手も送り手も感情に支配されるとなると、世論は理論ではなく感情ということになります。世論とじっくり取り組む、真正面から向き合うためには情のコントロールが総てです。情と向き合うということは一人一人の良識の琴線に丁寧に問いかけることです。広報マンにとって問いかけるべき対象はマスコミ関係者です。マスコミの人間はごく一部に悪もいますが、そのほとんどは良識的な識者です。充分な時間を割いてつき合っても、決して損のない人ばかりです。一人一人の情と向き合い、結果として得られる幅広い人脈が、いざという時の世論そのものになるのです。



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