まがりや.net ブログ

お歳暮 2008 取り寄せスイーツ

ケーキハウス・ツマガリさんの新年祝賀会にて

神戸の閑静な住宅街にあり、

全国にその名を轟かす名店がある。

「ケーキハウス・ツマガリさん」である。

今年で25周年を迎えるという、そのお店のお菓子は

信念とこだわりと感性を持って、材料から製造まで、

驚く程吟味された

「超・お菓子」だ。

シンプルなお菓子なのに、凄みを感じるお菓子。

その虜になる人間は後を絶たない。

(妻もその1人)

その「ツマガリさん」の信念祝賀会の招待状が

何とも光栄至極な事に、我が家にも送られてきたのだ。

普段、ナンダカンダであまり外泊をしない夫だが

これは何たる光栄・・!と恐縮、至福で出席して参りました。

今年の祝賀会は色んな御目出度い事が重なっていらっしゃったそうだ。

まず、お店の25周年。

そして、歌手リーさん(中国の方)の来日25周年。

そして、津曲社長の「現代の名工」受賞記念。

殊に盛大だった今年の祝賀会で、夫は津曲社長や、

リーさんと同じテーブルに座り、沢山の良い刺激を受けてきた。

津曲社長さんは、25年前には

奥様とスタッフ1名の方とのたったの3人で

お店をスタートさせました。

そして、曲がる事のない信念と、不断のご努力で

ゆっくり、じっくりと今のお店を築き上げられたそうです。

社員さんの人数は相当増えられたようですが、

夫には「同じ匂いを持つ人々の家族戦隊」に見えたそうな。

家族のように温かく、一丸となっていて、

皆一様に「真面目にコツコツ」取り組む実直な雰囲気を持ち

ひたむきな印象だったようだ。

「チャラい人がいなかったな〜」というのは、

言い換えれば、そこに厳しさがあるからだろう。

「試作1000回。じっくり成長する」という津曲社長の

今年の書初めは「楽しく」だった。

25年目にして初めて「楽しめる」のかもしれない。

今、三谷牧場は夫と妻と釜石さんと

昨年暮れから牛舎のお手伝いに来て下さっている

ご近所のカツオおじさんの合計4人。

我が家もいつの日か

「ツマガリさん」みたいになりたいと思う。

地道なように見える毎日の作業も、素晴らしい土台に見える

今日この頃でした。

1 月 28th, 2012

オス子牛

牛舎の一角がスッキリしている。

いつも、そこにいたあの子がいなくなった。

思い返せば4ヶ月前。

あのオス子牛が生まれた時は

「ええ〜!!!困るよ〜〜!!」と思わず叫んでしまった。

今にして思えば、可愛そうな事をしたと思うけど、

原発による放射能の影響で

岩手県の牛肉が出荷停止になったりして、

子牛市場は混沌としてしまった。

ただでさえ小柄で人気の無いジャージーの子は

市場で全く売れなくなってしまった。

そこに来て生まれたオスである。

「ええ〜〜!!」というのが正直な気持ちだった。

男の子は将来お乳を出してくれないから、

どこかに買い取ってもらいたい。

ところが、約1ヶ月に1度、市場に売りに出しても

買い手が付かないまま、我が家に戻って来るから、

いつしか「でもどり君」という名前を付けられて

牛舎の角っこの小部屋の主になっていった。

市場に行くトラックが来ると

「げっ!来た」という風に、ガッシリと座り込んで

頑として動かなくなり、

ある時は「連れて行こうとしましたが、一向に動かないので不可能でした」

という知らせを受けた事があった。

牛舎には、あの子が威風堂々と居座っていた。

全くもってガッカリした。

(今日は買ってくれたかもしれないのに〜!)

そうこうしているうちに、

次第に角が生え、顔つきも男らしくなって、

どんどん立派な牡牛に成長していく。

「三谷でもどりです。」と名乗っているかのように見えて

愛着も沸いてくる。

こちらも「三谷でもどり」が牛舎にいるのが、

当たり前になっていた。

昨日、あの子に買い手がついたそうだ。

価格は驚きの1000円。

子供のお年玉以下である。

そして、トラックに乗って行ったきり、

もう帰って来なかった。

いなくなった今、あの子に会いたいなと

思うのが、不思議なくらい悔しい。

1 月 18th, 2012

明けましておめでとうございます。

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新年、明けましておめでとうございます!!!

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2012年、三谷家は幸先の良いスタートを切った。

去る12月30日朝、

双子の姉妹が生まれました!

朝の搾乳中に産気づいた母牛でしたが、

気がついたら

「ふうう〜、ふう〜」と産み落とした様子。

「おお、産んだか?大丈夫か?」と近づいてビックリだった。

2頭の赤ちゃんがホヤホヤと湯気を立ててキョロキョロしていた。

「双子!?」

一瞬、思ったのは・・・

「まさか両方、雄・・?」

昨年は色々あったな。

1000年に一度の大地震、日常が手の届かない所に

いってしまった、あの日から・・・。

昨年我が家で誕生した雄の子牛は、

牛舎でスクスクと大きくなっている。

すっかり「三谷家顔」である。

雄が生まれても、放射能の影響でどこにも行き場が無く、

結局我が家で日がな一日を過ごしているのだ。

雄はお乳を出してくれない。

つまり、雄が生まれると、残念ながら困ってしまうのだ。

おっかなびっくり・・そ〜っと

子牛の後ろ足を持ち上げて見る。

「片方は女や!」

そして、もう1頭の後ろ足も持ち上げて見る。

「両方、女の子や!やった〜〜〜!!」

その瞬間、氷点下の牛舎には

喜びの熱いサンバが流れた(かのようだった)

「やった〜〜!!よかった〜〜!!」

産婆(夫)がサンバを踊ったのだから

かなりメデタイ。

新年早々、2頭の女の子がいる牛舎は

なんだか華やいでいるようだ。

期待のホープの誕生です。

母牛の状態も良く、

今年も素敵な1年になりそうだ。

1 月 4th, 2012

お月様になりたい

ここ数日で、グッと冷え込みが厳しくなりました。

そして、秋の夜長です。

保育園のお迎えの時間、

すっかり暗くなった空には

ピンポン玉ほどのお月様が浮かんでいる。

「ねえ、お母さん・・・」

車の後部座席から何やら深刻そうな長男の声。

「何?」

「お母さん・・僕、お月様になれる?」

「どうして、お月様になりたいの?」

「だって、空飛んでる!!僕、お月様になりたい!!」

「お月様か〜・・・」

しばらく沈黙。

「お月様は、お空の同じ道しか通れないんだよ。

 東から昇って、南のお空を通って、西に沈むの。

 それでも、いいの?」

しばらく沈黙。

「そっか、毎日それは大変だな。

 じゃあ、やっぱり僕、手が羽になったほうがいいや!」

晩秋の無邪気な会話に、ちょっと癒されたのでした。

そんな長男も来年は小学生になる。

11 月 11th, 2011

秋です

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秋も深まって参りました。

我が家は紅葉が美しい。

前の地主さんが、沢山のモミジの木を山から採ってきて

植えていたので、町道から牧場に下がってくる小道は

まるで紅葉トンネルのよう真っ赤に彩られる。

落ち葉の懐かしいような香りと、

鮮やかな色合いと、のんびりしている牛達。

毎年この光景に出会う度に、

「理想的だよな〜」とつぶやく。

そして、毎年恒例の

「放牧稽古」も始まった。

今年春に生まれた子牛が、来春のデビューに向けて

お天気の良い日を選んで外で遊んでみるのだ。image

今年の子はちょっと引っ込み思案。

お外に出てからしばらく、ぼんやり。

そして、何とはなしに、草をツンツン食べ始めた。

「お〜い、やっとるかねぇ〜」と声を掛けると

ササッと餌のタンクの後ろに引っ込んでしまった。

まるで、可憐な女子学生にチョッカイを出すオヤジのようだ。

面白い。

このお稽古1つとっても牛には個々に性格が有るのが

よく分かる。

中には、はしゃいで走り回る子もいれば

既にチャッカリ大人牛に混じっている子もいるのだ。

今年の子は慎重派らしい。

この子がどんな大人になってくれるのか、

「チョッカイ・オヤジ」としては、大変楽しみである。

11 月 7th, 2011

2011-10-20

イルコンプレアンノの奥様が

またまた復興支援イベントを立ち上げた。

「僕たちのリ・アース

 内丸緑地マーケット〜冬がはじまるよ〜」

イルコンプレアンノの奥様は

とっても穏やかで、不思議と和んでしまう雰囲気をお持ちだ。

妻は配達に伺うと、いつも和んでいる。

きっと来店されるお客様も和んじゃっているに違いない。

そんな雰囲気とは裏腹に

「やる時はやる」方なのだ。

イベントを立ち上げる為には、

とんでもない労力と時間と度胸が

必要だと思う。

イルコンプレアンノさんは、

しっかりお料理を作り込むお店だから、

朝6時からの市場で新鮮なお魚を仕入れ、

昼前から仕込みをして、夕方には開店。

夜は後片付け等で、当然遅いご帰宅だろう。

レストランは営業時間は人に見られるけれど、

それ以外の膨大な量の作業は、決して人目に触れる事はないのだ。

そんな毎日に加えて、

イベント!!!

頭が下がる思いである。

「よ〜し!なら私も人肌脱ごうではないか!!」

と、一瞬ぼぼぼっと燃え上がった妻だったが、

特に出来る事も無く、

一瞬にして通常モードに戻ってしまった。

今後、何かお役に立てないものか

奥様に相談してみようと思う。

2011.11.6(日)10時〜16時

内丸緑地公園

フリーマーケット開催

当日、会場にて被災地への募金、支援物資として「毛布」の提供を

お願いしております。

毛布は新品もしくはクリーニング済みのものでお願いします。

10 月 20th, 2011

陸前高田市に行ってきました

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10月8日

陸前高田市の臼井さん宅にお伺いしました。

秋晴れの中、盛岡から快調にドライブして

辿り着いた陸前高田市は、

未だ津波の痕も生々しい惨状が広がっていた。

この日は、西麻布の

「ビストロ・アンバロン」のシェフが

岩手旅行にいらっしゃっていたので、

チーズとお魚でお世話になっているシェフに

岩手の最北(奥中山・三谷牧場)と

岩手の最南(陸前高田市・臼井さん)を

見学してもらう、岩手大縦断ツアーだったのだ。

「こりゃ、ひでぇ・・・」

三谷もシェフも唖然として、ただ広がる被災地に

見入ってしまった。

臼井さんは元気だ。

だから、シェフも実際に目の当たりにするまで

津波の恐ろしさを本当は理解していなかったのだと

おっしゃった。

次の日は、陸前高田市の黒崎神社で

「復興祭」を見学した。

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地上10m以上あるような大梯子のてっぺんで

命綱無しで寅舞いをする伝統芸を見たり

復興支援で全国各地から

炊き出しが来ていたり、

「夢」と描かれた大旗が青空に舞っていたり、

実に活気溢れる、力強いお祭りだった。

「おら達も、ゆっくり頑張るっぺし」と

行き交う人々と臼井さんが話していたのが

印象に残る。

いつの日か、私がおばあちゃんになってボケちゃっても、

この日の陸前高田市は覚えていますように。

10 月 12th, 2011

国道45号線Tシャツ

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盛岡市菜園にある

イタリアン小料理屋

「イルコンプレアンノ」

ここは、妻の「笑いツボ」を捕らえて離さない

「ツボ押し名人」のお店なのだ。

先週金曜日、納品に伺った時・・・

とりとめもない会話を交わす。

「え〜、そうなんですよ〜・・」とか

「へえ〜、そうなんですか〜・・」などと

会話しつつも、妻はマスターをチラ見。

内心では「また、この人、私の笑いツボを押してるよっ!」という

どうしようもない衝動でいっぱいだった。

はっきり言って、会話の内容は覚えていない。

マスターは胸に「○オ」って書いてあるTシャツを着て

威風堂々としていらっしゃるぢゃないかっ。

薄暗い洒落た店内に

いつもの奥様と、いつものマスターが、

いつも通り仲良く並んでいらっしゃる。

だがしかし、胸には「○オ」。

「じゃあ、失礼しま〜す・・・」と冷静を保って帰りかけた妻だったが、

どうしようもない衝動を抑える事が出来ず

「マスター!!!その「○オ」って何ですかああああ!?」

と激しく突っ込んだのだった。

すると、マスターは

クルリと踵を返して

「国道45号線Tシャツです!」

男は背中で語る、みたいに、変なTシャツを自慢げに見せて下さった。

これは被災地応援Tシャツで、

1枚1500円のうち300円が被災地に募金される仕組みだそうだ。

国道45号線は、津波で甚大な被害を受けた沿岸部全域を

つなげる道だ。

「他にも『国道6号線』と

 『反原発』っていうのもありますよ!」

十人十色、応援の仕方があるものだ。

それを聞くと急に

変なTシャツを着た面白いマスターから

粋なTシャツを着たかっこいいマスターに大変身だ。

ちなみに「○オ」は

マスター言わく「お洒落のオ」

ただし、マスターが着用していると

「オッサンのオ」にも見えかねない。

それにしても「○オ」ってなんだろう?

9 月 20th, 2011

国道46号線Tシャツ

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盛岡市菜園にある

イタリアン小料理屋

「イルコンプレアンノ」

ここは、妻の「笑いツボ」を捕らえて離さない

「ツボ押し名人」のお店なのだ。

先週金曜日、納品に伺った時・・・

とりとめもない会話を交わす。

「え〜、そうなんですよ〜・・」とか

「へえ〜、そうなんですか〜・・」などと

会話しつつも、妻はマスターをチラ見。

内心では「また、この人、私の笑いツボを押してるよっ!」という

どうしようもない衝動でいっぱいだった。

はっきり言って、会話の内容は覚えていない。

マスターは胸に「○オ」って書いてあるTシャツを着て

威風堂々としていらっしゃるぢゃないかっ。

薄暗い洒落た店内に

いつもの奥様と、いつものマスターが、

いつも通り仲良く並んでいらっしゃる。

だがしかし、胸には「○オ」。

「じゃあ、失礼しま〜す・・・」と冷静を保って帰りかけた妻だったが、

どうしようもない衝動を抑える事が出来ず

「マスター!!!その「○オ」って何ですかああああ!?」

と激しく突っ込んだのだった。

すると、マスターは

クルリと踵を返して

「国道46号線Tシャツです!」

男は背中で語る、みたいに、変なTシャツを自慢げに見せて下さった。

これは被災地応援Tシャツで、

1枚1500円のうち300円が被災地に募金される仕組みだそうだ。

国道46号線は、津波で甚大な被害を受けた沿岸部全域を

つなげる道だ。

「他にも『国道6号線』と

 『反原発』っていうのもありますよ!」

十人十色、応援の仕方があるものだ。

それを聞くと急に

変なTシャツを着た面白いマスターから

粋なTシャツを着たかっこいいマスターに大変身だ。

ちなみに「○オ」は

マスター言わく「お洒落のオ」

ただし、マスターが着用していると

「オッサンのオ」にも見えかねない。

それにしても「○オ」ってなんだろう?

9 月 20th, 2011

震災から半年

9月11日

震災から半年が経った。

我が家の生活はすっかり元通りになった。

たわいもない日常を「たわいもない」と感じる事ができるまでに・・。

ところが、沿岸部は、まだまだ復興もままならないのだ。

あれから半年、自分の中で次第に薄れていったものに

ハッとした。

恐怖心も感謝の気持ちも。

陸前高田市の臼井さんは

漁を再開してからとうもの、我が家にもお魚を届けて下さっている。

我が家も、金のヨーグルトをお送りしている。

我が家の食卓は、臼井さんが獲った海の幸が並ぶと

皆、猫のように「うまい、うまい」と食べつくしている。

「我が家は幸せだね。こんなに美味しいお魚を頂けて」と

大満足でご馳走様をした直後だった。

臼井さんからお電話を頂いたのだ。

臼井さんがおっしゃった言葉に、凄くショックを受けた。

「つい先日ね、盛岡さ用事で行ったのさ。

 そしたら、夜もビカビカって明るくてさ〜、

 私ら津波で流されてっけから、何もないもんね〜、

 だから、目がクルクル〜って回ってしまったんだよお〜。

 ああ、世界が違うみたいだったっけね。本当にビックリしたんだよお〜。」

そっか、まだそうなんだって

こちらが元に戻ったから、沿岸部も戻りつつあるって

どこかで妄想していた自分に驚いた。

みんな流されてしまったんだもん、そんなにすぐに直るはずない。

半年経って、沿岸部の方々には

改めて「疲労感・喪失感」が漂い始めているという。

むしろ、半年経った今だから。

「お魚美味しい」って言ってる場合じゃないと思った。

薄れていく感情を恥じながら、

10年かかるかもしれない

20年かかるかもしれない、

東北全ての人の「たわいもない日常」を取り戻すために

改めて長期戦の構えをとるべきなんだ。

被災地の惨状を今一度見るべきなんだ。

9 月 13th, 2011